
写真1「ロビー邸(1909)」の外観 先端部の腰壁の交錯
この手法は、ライトのその後の作品で、さらに発展していきます。ライトの自邸、タリアセン(写真2・3)では、丘の斜面の中腹に建つ建物から、細長いバルコニーが一本突き出しています。その先にはウィスコンシンの雄大な風景。眼下には農地と大きな池が広がり、はるか丘の稜線まで見渡せます。滑走路のような、あるいはジャンプ台のような造形と言えばいいのでしょうか。バルコニーの先端に自分の身体を置き去りにして、感覚だけが風景へと飛び発ち、ゆるやかに旋回するかのように感じられます。

写真2「タリアセン(1911~25)」の外観

写真3「タリアセン」の突き出したバルコニーから見返す
実は、面のエッジの表現は、近代建築一般に広く見られる手法のひとつです。 たとえば、(※)デ・スティルの建築は、色あざやかな面が空中を浮遊しつつ互いに交錯するような造形で、 建築デザインの基本的手法として、いまだに深い影響を与え続けています。 しかし、ライトの手法の成立は、その十数年前に遡ります。確かに、見た目の「わかりやすさ」では、デ・スティルに軍配があがるでしょう。でもそれは、ライトの発したアイデアを単純化し先鋭化しただけなのかも知れないのです。
ライトの内部空間は、周辺の環境と緊密に結びついています。環境に的確に対応し、その豊さを味わい尽くすかのような形。これをデザインし切るためには、繊細な感受性とともに、しっかりとした技法が必要です。煉瓦目地ひとつの細部から、着実に積み上げられた方向性創出の手法。これが、自然の風景を生かし、空間を自在に振舞わせ、人間の感覚を豊かに彩る、隠れた主役となっているのです。

写真4「落水荘(1935)」の外観 平面図

写真5「落水荘」の突き出したテラスを見下ろす
写真・図面・解説文 / 富岡 義人 氏
この記事は2007年4月に発行した㈱淀川製鋼所社外PR誌「YODOKO NEWS」に掲載されたものです。