今回は現在展示している雛人形のお道具についてご紹介します。
まずはお道具の役割について簡単に説明します。
江戸時代では花嫁は自分の輿入れ道具のすべてのミニチュア版を制作し、雛人形と共に嫁入りの道具として持参していました。
これは雛人形が厄除けとしての役割も担っていたことに由来します。雛人形にも嫁入り道具を持たせることで、嫁入り道中での事故や災難から花嫁を守ってくれると考えられていたのです。
輿入れ道具のすべてのミニチュア版ということですので、元々はもっと多くのお道具があったといわれています。今は数が減ってしまいましたが、当館ではこの人形たちと共に譲り受けた約20個のお道具を展示しています。
この山邑家ゆかりのお道具には一つ、他のものとは違う大きな特徴があります。
お道具には、本物の輿入れ道具と同じように本漆塗りの上に金の蒔絵が描かれているのですが、一般的に、出来合いのものは牡丹と唐草と決まっているそうです。しかし、こちらは特注品なので桜のお印と唐草になっています。
これは櫻正宗の商標が八重桜であることに由来します。雛人形の着物に入っている紋も、同じように八重桜が織り込まれています。
それではお道具の一つ一つをご紹介いたします。
◇ 箪笥
現代でも嫁入り道具としてよく用いられる箪笥。
長持・狭箱(はさみばこ)と共に”三荷”として雛人形のお道具では定番のものです。かつては三荷全て揃っていたようですが、現在は箪笥のみとなりました。
◇行器
行器と書いて”ほかい”と読みます。
外出時に食べ物を持ち運ぶ目的で使用されていました。高い足がついているのは地面に置いても汚れないようにするためです。
◇裁縫箱
お裁縫に使う道具を入れた箱です。
真ん中の赤い箇所が針刺しではないかと推測されます。
◇櫛台(左)と鏡立・手鏡(右)
櫛台は化粧道具を入れる家具のことで、上にはミニサイズの櫛を置いています。
◇"はんぞ"と長箱
"はんぞ"とはお歯黒用のたらいのことです。この中で鉄漿(かね)と呼ばれるお歯黒塗料を作り、歯に塗っていたそうです。
もともとは渡し金の上に鉄漿の入れ物などが乗っていたようですが、今はありません。それらの道具を隣の長箱に入れていました。
江戸時代以前の女性は結婚後お歯黒をしていたというのは有名な話かと思いますが、皇族・貴族などの身分の高い男性もお歯黒をしていたのをご存知ですか?当館の男雛もよく見るとお歯黒をしていますので、是非注目してみて下さい。
◇たらい・湯筒
業水に使用する大型のたらいと、湯を注ぐための湯筒(ゆとう)です。
◇衣桁・手拭掛
室内で衣類や手拭いをかけておくための道具です。
手拭掛はとても小さく細いのですが、ちゃんと綺麗な蒔絵が施されています。
◇文机(左)と脇息(右)
書き物や読書をするための机です。昔は床や座布団に座っていたので、当然ですが机の高さも低いです。
隣にある脇息は体をもたれさせるための肘掛けです。
◇煙草盆
煙草を吸うのに必要な道具を入れたお盆です。
中に入っているのは火入れ壷と、写真では見えませんが灰落とし用の竹筒です。
かつてはキセルもセットであったようですが今は残っていませんので、一見分かりにくいですね。
◇碁盤(碁石入り碁笥付)
昔の嫁入り道具では、三面盤といって碁盤・将棋盤・双六盤の3種の遊戯具を持参しました。当館には碁盤とこの後ご紹介する双六盤が残っていますが、将棋盤はありません。
碁笥(ごけ)の中にはちゃんとミニチュアサイズの碁石が入っていて、手先さえ器用であればこれで実際に碁を打つことも可能です。
◇双六盤
三面盤の一つ。
今では双六というと人生ゲームのようなものをイメージしますが、この双六はバックギャモンに似たルールで行われていたようです。
こちらも巾着の中に小さな駒が入っていて、実際に遊ぶことが出来ます。
◇丸火鉢と角火鉢
火鉢というと陶器のものをイメージしますが、こちらは他のお道具と同じように、周りは蒔絵が施された木で作られています。
ご覧のように、角火鉢には銀製のヤカンや火箸も付いています。現在でもお湯を沸かす目的でストーブにヤカンをかけることがありますが、昔も同じなのですね。
そのため、今は残っていませんが、この角火鉢とヤカンがあることで他に台所用品もあったのではと考えています。
◇炭箱
先程の火鉢とセットです。
◇寝具(枕と布団)
昔は髪の毛を結っていましたので、高い枕を使用していました。首の後ろにあてて寝ていたようです。
布団は左が冬用で右が夏用です。この袖のついた着物状の布団は”かい巻き布団”と呼ばれるもので、今でも寒い地方では使用されていることもあるそうですよ。
◇蚊帳
就寝時に虫の侵入を防ぐための網です。天井や柱などの高いところから紐で吊って設置していました。
こちらの蚊帳は網にも刺繍が施され、吊り金具にも桜の花のお印が入っています。
当館で所有しているお道具は以上です。
現在でも見慣れたお道具もあれば、少し懐かしいもの、今ではもう見ることがないものもありますね。幕末から明治にかけての暮らしを知ることが出来て大変面白いのではないかと思います。
お人形はもちろんですが、人形用に作られたお道具たちも見ていてとても愛らしく感じませんか?
清少納言が書いた『枕草紙』でも、”うつくしきもの(かわいらしいもの)”の項に雛人形のお道具が挙げられていて、「ちいさいものは皆かわいらしい」と述べられています。平安時代からこの感覚は同じなのかもしれませんね。
雛人形展は4月3日(日)まで開催しています。
是非この機会にフランク・ロイド・ライトの建築空間のなかで、匠の技が光る雛人形をお楽しみください。
ご来館された際には、お人形だけではなくお道具にも目を向けてみてくださいね。