当館の雛人形について

人形の由来

展示する人形は、ヨドコウ迎賓館の建築主である八代目・山邑太左衛門氏が長女の誕生を祝って、京都の老舗「丸平大木人形店」に依頼したものです。人形は贅を凝らして制作され、明治年間の1900年から1901年にかけて納められました。
人形は長女からその娘に受け継がれた後、縁あって淀川製鋼所が所有するところとなり、約90年ぶりに山邑家ゆかりの当館に里帰りしました。1992年から例年2月から4月にかけて、雛祭りの時期に一般公開しています。

人形の種類

人形群は以下の3つの構成からなっています。

【 雛人形 】

七体の雛人形を中心とした雛飾り一式

【 花嫁人形 】

花嫁姿の人形を含む五体の人形と漆塗りの嫁入り調度品一式

【 花観人形 】

十七体の人形と桜・末・柳などの造り物で、花見の宴を写した人形群

内裏雛

花嫁人形群

明治天皇と皇太后

内裏雛のお顔は当時、当代随一と言われた頭師(かしらし)の手によるもので、最も古典的な作りのお顔立ちです。また、顔や手の仕上げ材として使われている胡粉(こふん)は、原料となる貝が当時と現在では自然環境が異なるため、同じ方法で作ったとしても、その独特の風合いを再現することは不可能だと言われています。高さが約45cmと雛人形としては大きく、また豪華な衣装を纏い、当時の最高の技と素材を使って作り上げられた希少価値の高い逸品と言えます。
また、居稚児(いちご)やお福の趣向にした官女を配するなど独特の構成となっており、他にも花観人形の大礼服をまとった明治天皇に昭憲皇太后の見立て雛など、100年以上の歳月を経た今も、優雅な顔立ち、豪華な衣装、細部にこだわった調度品など、時代を超えた美しさを持つ人形群です。

丸平大木人形店

人形を制作した「丸平大木人形店」は、江戸時代の明和年間(1764~1772年)京都に創業、以来二百有余年の歴史を持つ、京都で最も古い人形店です。屋号を丸屋(まるや)と称し、当主は代々大木平藏を襲名、通称「丸平」で親しまれています。
その作風は写実性を基調とし、有職故実(ゆうそくこじつ/朝廷や武家の式礼・官職・法令などに関するきまり)における時代考証を重視したもので、その円熟した作品は代々京人形・雛人形の逸品として賞賛されています。国内外の多くの博覧会に出展し数々の受賞歴を誇り、その作品は皇族・華族にも数多く納められています。

「丸平」の伝統と技

人形作りは、頭師をはじめとした専門職によるいくつもの工程があり、それらを総合的にまとめて完成させるのが人形師の仕事です。
「丸平」では総仕上げだけではなく、着付けのための工程の一切を代々主が行ってきました。衣装選びから着付け、腕に振りをつけて手の表情を決める「かいな折り」など最終段階での重要な仕事が、百年前も現在も同じ方法で連綿と行われています。こうした仕事をする人のことを「職商人(しょくあきんど)」と言いますが、この方法により現在も百年前と変わらない「丸平」独自の人形が作り出されているのです。
ひとつひとつの工程に技と心を尽くして人形に命を吹き込む。「丸平」の人形が大量に作られることなく、貴重とされる由縁でもあります。